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札幌地方裁判所 昭和29年(ワ)324号 判決

原告 坂本勝美 外二名

被告 北海道

主文

被告は原告坂本勝美に対し金一万一千五十五円、原告河本芳実に対し金一万二百七十三円、原告日高隆照に対し金一万六百四十二円および右各金員に対し昭和二十八年十二月二十六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

原告河本のその余の請求を棄却する。

この判決は原告らに於てそれぞれ三千円の担保を供するときは主文第一項の各該当部分につき仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は被告は原告坂本勝美に対し金一万一千五十五円、原告河本芳実に対し金一万二百七十三円、原告日高隆照に対し金一万六百四十二円および右各金員に対し昭和二十八年十二月二十六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のように述べた。

(一)  原告坂本は昭和二十二年十二月十五日から日高国浦河町立浦河第一中学校に、原告河本は同二十四年三月三十一日から石狩国上川町立上川小学校に、原告日高は同二十二年三月三十一日から稚内市北海道立稚内高等学校にそれぞれ勤務する教員であるところ、原告坂本は昭和二十七年四月一日から、同河本は同二十八年六月二十四日から、同日高は同二十七年二月一日から各々結核性疾患のため長期休養を要するので休職となり今日に及んでいる。

(二)  被告北海道は、昭和二十七年北海道条例第七八号北海道学校職員の給与に関する条例第一九条第二項および同年北海道条例第七九号市町村学校職員給与負担法に規定する学校職員の給与に関する条例第二条に基き、昭和二十八年北海道条例第一三八号北海道学校職員の昭和二十八年十二月における期末手当支給に関する条例を制定して、道・市・町・村立学校職員に支給する昭和二十八年十二月における期末手当の額を定め、

右定めに基いて期末手当として給料・扶養家族手当・勤務地手当を含む支給月額に百分の七十を乗じて得た額として、

原告坂本に対し金一万三百十八円

同 河本に対し金九千五百九十二円

同 日高に対し金九千九百三十三円

をそれぞれ支給した。

(三)  然しながら原告坂本、同河本は教育公務員特例法第十四条第二項、市町村立学校職員給与分担法第一条、第四条第一項、前記昭和二十七年北海道条例第七九号第二条、同年北海道条例第七八号第二十一条第二項により、同日高は教育公務員特例法第十四条第二項地方公務員法第二十四条第六号右条例第七八号第二十一条第二項により、それぞれその休職期間中はその給与の全額の支給を受ける権利がある。

(四)  しかして前記条例第七八号同条例規定を準用する前記条例第七九号に基き定められた昭和二十八年北海道条例第一三八号第二条第一項第一号によれば同年十二月十五日現在において在職期間六ケ月以上の学校職員は同日に於て受けるべき給料・扶養手当および勤務地手当の月額の合計に百分の四十五を乗じて得た額を支給されることと定められているのであるから、原告らはこれと同一の割合による期末手当全額を支給さるべきものであり、結核性疾患による休職教員と一般の学校職員とを差別して低額の支給を定めた同条第二項の規定はあるが、この規定は教育公務員法第二項に違反する無効の定めというべきである。

(五) なお昭和二十八年北海道条例第一三八号第二条第一項には「期末手当(勤勉手当を含む)は…………」と規定され同条第二項には単に「期末手当…………」と規定されているので一般学校職員に対しては期末手当と勤勉手当の合算額を結核性疾患による休職教員に対しては期末手当のみを支給することになるので支給額に差が生じたと見られるようであるが右条例は、(1) その表題およびその第一条に示すように期末手当の支給のみに関するものであつて期末手当とは全くその性質を異にする。(2) 在職期間の長短のみを以て勤勉手当の支給準則とすることは勤勉手当の本質に反する。(3) 他の関係条例においても勤勉手当についてはその給与準則すら定めがない。これらのことから右条例第一三八号第二条第一項は勤勉手当についての定めなしたものではなく全く期末手当のみについての規定である。

(六)  従つて原告らに対しては他の学校職員と同じく昭和二十八年十二月における期末手当として同月十五日現在に於ける給料月額と勤務地手当および扶養手当の合計額に百分の百四十五を乗じた額を支給すべきであつて、この計算によれば

(1)  原告坂本は給料月額一万三千四百円と勤務地手当金一千三百四十円の合計金一万四千七百四十円の百分の四十五(扶養手当なし)たる金二万一千三百七十三円を

(2)  原告河本は給料月額金一万二千四百五十円、扶養手当金六百円、勤務地手当金千三百四十円の合計金一万三千七百三円の百分の百四十五たる金一万九千八百六十九円を

(3)  原告日高は給料月額金一万二千九百円、勤務地手当千二百九十円(扶養手当なし)の合計金一万四千百九十円の百分の百四十五たる金二万五百七十五円を

を期末手当として支給されるべきであるから被告は上記(三)に述べたところの既に支給済の各金員を右計算による各自の受くべき額から差引き原告坂本に対しては金一万一千五十五円、同河本に対し金一万二百七十三円、同日高に対し金一万六百四十二円の各残額とこれに対する支給日の翌日である昭和二十八年十二月二十六日から完済に至るまで民事法定年五分の割合による遅延損害金を附して支払う義務があるからこれらの金員の支払を求める。

被告指定代理人は本案前の抗弁として原告の訴は却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として本訴請求につき原告らは知事田中敏文を被告北海道の代表者としているが、被告北海道の教育行政に関するかぎり北海道教育委員会がその執行機関であり訴訟上の代表者であるから被告北海道の代表者を知事田中敏文として提起した本件訴訟は当事者適格を誤つた不適法のものとして却下さるべきであると述べ、

本案につき原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告主張事実(一)(二)は認める。(五)のうち、昭和二十八年十二月十五日現在に於ける原告らのうけるべき給料月額、扶養手当、勤務地手当の額はこれを認める。然しながら昭和二十八年北海道条例第一三八号第二条第二項の規定が教育公務員特例法第十四条第二項に違反し無効であるとの主張はこれを争う。

(一)  なんとなれば公立学校の教育公務員の給与は教育公務員特例法第二十五条の五においてその種類および額は、当分の間国立学校の教育公務員の給与の種類およびその額を基準として定めるものとされており、又市町村立学校職員給与分担法第四条第一項および地方公務員法第二十四条第六項において条例で定めるものとされているから教育公務員特例法第十四条第二項の規定による「給与の全額」とは、結核性疾患による休職者についてその条例で定めた、「給与の全部」を保証していることは明かである。従つて右条例第一三八号第二条第二項は国立学校の教育公務員の期末手当の額を基準として定めているので何ら教育公務員特例法第十四条第二項の規定に違反することはない。

(二)  右条例第二条に「期末手当(勤勉手当を含む)」との規定は表現形式に適不適はあつても同条例の規定が無効となるいわれはない。

従つて原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

理由

一、訴訟上の抗弁について

被告は本件訴訟に於て被告北海道の代表者は北海道教育委員会であるにかかわらず、北海道知事田中敏文を右道の代表者としたのは不適法であるというのであるが、本件のような学校職員の給与の支払に関する事務処理の権限は教育委員会に属することなく地方公共団体の長たる北海道知事が被告北海道の負担すべき学校職員の給与の支出を担任すべきであるから被告北海道の代表者を知事田中敏文とした原告らの本件訴訟はその当事者の点に於て欠けるところなく被告の右抗弁は採用できない。

二、本案について

原告らの主張事実(一)、(二)については当事者間に争がない。しかして原告らの期末手当の支給については原告坂本、同河本は各々町立学校職員であること当事者間に争がないので、市町村立学校職員給与分担法第一条・第四条第一項、昭和二十七年北海道条例第七九号第二条により準用される同年北海道条例第七八号(昭和二十八年北海道条例第五三号により一部改正)第十九条、第二十一条第二項によるべく、同日高は道立学校職員であること当事者間に争がないから地方公務員法第二十四条第六項前記条例第七八号第十九条、第二十一条第二項によるべきところ右条例第十九条第二項によれば期末手当の額及びその支給方法は別に条例で定めることとなつており、昭和二十八年十二月における期末手当の支給に関しては同年北海道条例第一三八号にその支給についての定めがなされて原告らに対する期末手当は右条例に則り支給さるべきものと認められる。

ところが原告らは昭和二十八年北海道条例第一三八号(以下道条第一三八号と略称する)第二条第二項の規定が教育公務員特例法(以下特例法と略称する)に違反し無効であるから原告らに対して同条第一項の割合による期末手当を支給すべきものであると主張するにつき判断する。

特例法第十四条によれば校長および教員にして結核性疾患のため長期休養を要し休職となつたものは休職期間中その給与の全額をうけうることになつているが、この規定の設けられた所以は教育公務員は他の公務員と異りその職務の性質上結核性疾患にかかる場合が多いのであるが、右疾患に罹患したものを年少者の教育に従事させることは、これら被教育者に対する感染の虞が甚だ大きいので速かに休養をとらせて充分に療養の機会を与えて完全な治療をうけさせる必要があるため早期に長期間の休職をさせて療養を尽させるようにしたのであるが、その休職の故にうけるべき給与の減額等があつては充分な休養をし治療をうけるに支障があるばかりでなく、早期に休職させねばならない関係から特例を設けてその受ける給与にはなんら変りなく全額を支給しようとするのであつて、従つて特例法第十四条第二項にいう「給与の全額を支給する」とは一般の休識者でない学校職員と同額の給与を支給する旨を定めた規定であると解すべきであり、被告主張の特例法第二十五条の四・同条の五の各規定は右給与原則に反する条例の定めをなすことを許したものとは考えられないので、条例によつて特例法第十四条第二項に反して結核性疾患による休職学校職員に対してその給与たる期末手当につき他の一般学校職員と異なり、これらの者に支給すべき割合と異り少い割合を定めてより低額の期末手当を支給することと定めることは許されないものといわねばならない。

道条例第一三八号についてこれを見れば、右条例第二条には「期末手当の額(勤勉手当を含む)」となつているが右条例はその第一条に掲げるとおり昭和二十七年北海道条例第七八号(昭和二十八年北海道条例第五三号により改正)同第七九号に基いて右第七八、七九号各条例は期末手当の支給に関するものであつて勤勉手当については何らの定めもないしこれらの条例に基いて定められた道条例第一三八号がその表題に示すように期末手当についてのみのものであることはこのことによつて既に明らかであるが、道条例第一三八号第二条の給与の計算の基準として扶養手当をもその合計すべき額の中に含めていることからも右条例が「(勤勉手当を含む)」なる文言を用いたとしても期末手当のみの規定であることが観取し得られるのである。

そして右道条例第一三八号の規定によれば

期末手当の額は、昭和二十八年十二月十五日現在において学校職員が受けるべき給料、扶養手当及び勤務地手当の月額の合計に

在職期間が六ケ月以上の場合   百分の百四十五

同 三ケ月以上六ケ月未満の場合 百分の八十七

同 三ケ月未満の場合      百分の四十四

の割合を乗じて得た額と定めながら

結核性疾患にかかり、長期の休養を要するため休職にされている者の斯末手当の支給割合は、

在職期間六ケ月以上の場合    百分の七十

同 三ケ月以上六ケ月未満の場合 百分の四十二

同 三ケ月未満の場合      百分の二十一

として結核性疾患による休職者に対しては低額の期末手当を支給することを定めているのでこの条例中右低額の期末手当を支給する旨定めた部分は特例法第十四条第二項に違反することとなり無効の規定といわねばならない。

そうだとすれば原告らはいずれもその在職期間は六ケ月以上であつて結核性疾患にかかり長期休養を要するため休職とされているものであつて、その昭和二十八年十二月十五日現在における給与は

原告坂本は給料月額金一万三千四百円、勤務地手当金一千三百四十円、合計金一万四千七百四十円であり

原告河本は給料月額金一万二千四百五十円、扶養手当金六百円、勤務地手当金千三百四十円、合計金一万四千三百九十円であり(原告主張の合計額は誤算がある)

原告日高は給料月額金一万二千九百円、勤務地手当千二百九十円、合計金一万四千百九十円である

こと当事者間に争がない以上、被告北海道は他の学校職員と同様右各合計額に百分の百四十五の割合を乗じて得た額たる原告坂本に対し金二万一千三百七十三円、原告河本に対し金一万九千八百六十五円、原告日高に対し金二万五百七十五円を支給すべき義務があつたものと認められる。

しかして原告らはいずれも既に期末手当として支給された分原告坂本は金一万三百十八円、同河本は金九千五百九十二円、同日高は金九千九百三十三円を右各金員からそれぞれ控除した残額として、原告坂本は金一万一千五十五円、同河本は金一万二百七十三円、同日高は金一万六百四十二円の支給を求めるのであるが、原告河本の期末手当残額は金一万二百七十三円となること計算上明かであるので、原告ら請求の期末手当残額として原告坂本は金一万一千五十五円、同河本は金一万二百七十三円、同日高は金一万六百四十二円であるところ、所得税法によれば被告北海道は右給与所得から所定の所得税を徴収すべきことが定められているので、右源泉徴収による所得税を右残額から控除して原告らに支給すべきであると考えられるのであるが、被告はこの点について何らの抗弁も主張しないし本件弁論の全趣旨からは右所得税の計算の資料を得られないので右限度における原告らの残額請求を理由ありと認めるの外なく、これら残額に対しそれぞれ支給日の翌日であること道条例第一三八号により明かな昭和二十八年十二月二十六日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める右原告らの本訴請求はすべて正当であり、右限度で原告らの請求を認容し原告河本のその余の請求を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を仮執行宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 荒木大任)

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